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福井地方裁判所 昭和23年(行)8号 判決 1949年3月16日

原告

加藤定治

被告

下庄村農地委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

別紙目録記載の農地につき、昭和二十三年六月二十六日被告の定めた自作農創設特別措置法に基く農地買收計画は、之を取消す。

事実

原告訴訟代理人は、請求原因として、原告はもと福井市に居住していたが、昭和二十年七月十九日空襲により罹災したため、福井縣大野郡下庄村友江に居住する甥の訴外鈴木與平方に寄寓し、同人所有の農地の分讓を受けて帰農することになつた。その結果、原告は昭和二十年十月二十一日右訴外人からその所有に係る別紙目録記載の農地の贈與をうけ、昭和二十一年度から耕作することにした。ところが右農地の小作人等は容易に農地を返還してくれないため、原告は已むなく右訴外人所有の田畑の一部を借受けて之を耕作して今日に及んでいるが、この間原告は前記訴外人方に住み、同所に於て右下庄村から生活物資の諸配給をうけ、耕作地に対する供出にも應じ、又各種選挙権も認められていて右下庄村に居住していることが明なのに不拘、被告は昭和二十三年六月二十六日、別紙目録記載の農地を不在地主の所有する小作地として、自作農創設特別措置法に基いて買收する旨の計画を定めた趣であるが、該計画については、告示縱覧等の手続を欠き、勿論原告に対する通知もなく、從つて原告は之を知るに由なかつたのであるがこの程漸く右の事実を覚知した。右のように該買收計画については告示縱覧等の手続が欠けているものであるのみならず、原告は前述の通り在村者であり、又地主に保有を許されている面積を超えて、小作地を所有する者でもないから、被告の定めた右買收計画は違法である。よつて之が取消を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳べ、被告の訴不適法の抗弁に対して、本件が被告に対する異議の申立を経ないで提起されたものであることは認めるが、右買收計画は行政事件訴訟特例法実施前に爲されたものであり、しかも福井地方の震災に因り官報配付遅延のため、当時行政事件訴訟特例法の施行されたことを知ることができなかつたのであるから、同法第二條但書の正当な事由によつて訴願を経ないで訴を提記した場合に該当するものであると陳述した。(立証省略)

被告は先ず原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めその理由として、原告は本件訴に於て、行政廳である被告のなした買收計画の取消を求めるのであるから、行政事件訴訟特例法第二條によつて、被告に対し異議の申立を爲し之に対する決定を経た後でなければ訴を提起できないのに、之を経て居らず又之について同條但書に定めるような正当な事由もないから本件訴は不適法であると陳べ、本案につき主文同旨の判決を求め答弁として原告主張中原告がもと福井に住んで居り、昭和二十三年七月十九日原告主張のような事情で大野郡下庄村友江の訴外鈴木與平方に寄寓したこと、別紙目録記載の農地が小作地であること、及び原告が同所に於て生活物資の配給をうけ又各種選挙権を有することは認めるがその他は否認する。別紙目録記載の農地に対し買收計画を定めたのは昭和二十三年六月三日で、右買收計画については、同年五月二十七日付で同年六月三日から十日間買收計画書及委員会議事録を縱覧に供する旨の公告をしており又、原告は不在村者であるから右買收計画については原告主張のような違法な点はない。原告は右下庄村で諸物資の配給を受けており、又選挙権を有するから同村に住所を有すると主張するが、之を以ては住所が同村に在ることを実証することはできない。住所の認定については、生活の本拠とすべき客観的事実があるか否かによつて、決すべきで、右買收計画を定めた当時は勿論現在に於ても原告は右下庄村に常住する事実はなく、原告は明かに不在村地主であるから原告の本訴請求は理由がないと陳べた。(立証省略)

理由

先ず被告の、原告の本件訴は行政事件訴訟特例法第二條に違背しているから、不適法として之を却下すべきものであるとの主張について考えて見るに、原告は本件訴に於て、行政廳である被告が自作農創設特別措置法によつて爲した買收計画の取消を求めるものであること、原告が本件訴を提起したのは昭和二十三年七月二十九日であることは本件記録に徴し明かである。原告が本件訴提起前に、自作農創設特別措置法第七條に基いて、被告に対し異議の申立を爲していないことは原告の自認するところであり、前記買收計画は同年六月三日定められたものであることは後記認定の通りである。しこうして昭和二十三年七月一日公布された行政事件訴訟特例法は、その附則第一、二項によつて同年七月十五日から施行されること及びその施行前に生じた事項にも適用されることを定めているから、本件訴につき同法第二條の適用あることは疑いなく、本件訴は正当な事由ある場合を除いて、被告に対し異議の申立をしその決定を経た後でなければ提起できない。即ち、行政事件訴訟特例法は行政処分の取消変更に付訴願前置主義を採用したものであるが、同法施行前に於ては、昭和二十二年法律第七十五号日本國憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急的措置に関する法律の第八條が尚その効力を有し、自作農創設特別措置法による行政処分の取消変更を求める訴は訴願の手続を経ないでも直接裁判所に提起することができたのである。而して本件農地買收計画決定のあつたのが前記の通り同年六月三日であるとすれば、之に対する異議の申立はその公告後十日の縱覽期間内の同年六月十三日頃迄にしなければならない。この期間を経過すれば異議申立はできなくなるが、前記法律第七十五号第八條に依り右異議申立ができなくなつても、出訴期間内であれば之が取消変更の行政訴訟は提起できたのである。然るに前記の如く訴願前置主義を採用した行政事件訴訟特例法が施行せられた結果、同法公布前既に異議申立をすることはできなくなつたが取消変更の訴訟は提起することができる事件に就て、同法第二條本文の適用により之が取消変更の訴訟を提起することができないものとするときは、國民が裁判所の裁判をうけ得る既得権を剥奪し法の不遡及の原則に反し國民の基本的人権を擁護する所以ではない。從つて斯る場合は同法第二條但書に所謂訴願を経ないことに付正当の事由ある場合に該当するものと解するを相当とする。依て原告の本件訴は適法であつて被告の本案前の抗弁はその理由がない。

よつて本案について審案するに、成立に爭ない甲第一号証の一乃至五証人鈴木與平の証言、原告本人訊問の結果を綜合すると、昭和二十年十月二十日原告がその甥である訴外鈴木與平から、別紙目録記載の農地の贈與を受け、爾來之を所有していたものであることが認められ、又成立に爭ない甲第三号乃至第五号証及被告代表者松島淸の訊問の結果を綜合すると、被告が昭和二十三年六月三日その第七回農地買收計画を樹立するに当り、右農地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号に所謂不在地主の有する小作地として、同法に基き買收計画を定めたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠がない。原告は右買收計画につき、被告に於て公告、縱覽等の手続を欠いているから、右計画は違法であると主張し被告は之を爭うからこの点について審究するに、成立に爭ない甲第四号乃至第六号証及被告代表者松島淸の訊問の結果を綜合すると、被告が昭和二十三年五月二十七日、第七回農地買收計画書並に同議事録を同年六月三日から十日間縱覽に供する旨の告示をしたこと及右期間右書類を縱覽に供したことを認めることができ、証人田中竹次郞の証言丈では右認定を左右するに足りない。その他右認定を覆すに足る証拠がないから、被告に於て前記買收計画に対する公告、縱覽手続を爲しているものと謂わねばならない。尤も右告示は買收計画決定前に爲されているので、果して適法な公告と謂い得るか一應疑われるが、右公示は六月三日に買收計画が決定される見込である旨の予告と、同日決定された場合の之が公告とを兼ねて爲されたものと解せられ、別紙目録記載の農地の買收計画が予告通り六月三日に決定された以上、右告示によつて同日その公告があつたものと爲すを相当とする從つて原告の前記主張は理由がない。

次に、原告が自作農創設特別措置法に規定せられた所謂不在地主であるか否かの爭点について考えて見るに、原告が昭和二十年七月十九日、当時居住していた福井市で空襲によつて罹災したので、大野郡下庄村に居住する訴外鈴木與平方に寄寓同居したことは当事者間爭なく、証人竹内奧右衞門、木下紋四郞、加藤奧衞門並鈴木與平(但後記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すると、原告がその家族である妻と娘一人、孫一人と右鈴木方に昭和二十一年夏頃迄居住していたがその頃福井市豊島中町に新築した家屋に家族と共に移り爾來同所に居住し同所から原告の勤務先である福井の某会社に通勤していること、原告が家族と共に福井市に轉住する際、原告のみ所謂移動手続を爲さなかつたので、その配給物資は依然前記下庄村で受けており、そのため月一二回前記鈴木方に赴いていることが認められ、斯る事実を綜合して考えると、昭和二十一年夏過以後現在迄の原告の住所は、福井市豊島中町に在るものと認定するに十分である。証人鈴木與平の証言及原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は之を措信し難く、当事者間に爭ない原告が前記下庄村で各種選挙権を有している事実、成立に爭ない甲第二号証によつて認められる、原告が昭和二十二年度産の馬鈴薯割当五貫匁を、右下庄村に供出した事実によつては未だ前記認定を左右するに足らず、その他原告の全立証によるも右認定を覆することはできない。果して然らば原告所有の別紙目録記載の農地は、原告が住所を有しない右下庄村内に於て所有する農地であり、これが小作地であることは当事者間爭ないから、被告に於て右農地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号に該当するものとし、之につき買收計画を定めても何等違法な点はなく、原告のこの点に対する主張も理由がない。

依て原告の本訴請求は失当であるから之を棄却すべく訴訟費用の負担については、行政事件訴訟特例法第一條民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

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